スタッフ紹介

ヒーローズスタッフをご紹介

HEROES代表伊藤 博一

プロフィール

出 身 岡山県岡山市
学 校 岡山南高~川崎医療福祉大
資 格
  • 中学・高校教員免許(保健体育)
  • 認定上級トレーニング指導者(JATI)
  • 認定指導員(キネシオテーピング協会)
  • 認定スポーツプログラマー(日本体育協会)
スキな言葉 念ずれば花開く be a “hero”!

トレーナー経歴

川崎医療福祉大学在学時より岡山市内のフィットネスクラブのトレーナーとして勤務。 プロスポーツ選手や、甲子園出場チーム、国体出場のチームや個人の能力アップのトレーニングや、疲労回復・ケガの予防・柔軟性向上のためのコンディショニングを行う。 担当した競技は、野球(軟式・硬式)・ソフトボール・競輪(プロ)・フェンシング・カヌー・競艇(プロ)・サッカー・バレーボールなど多岐に渡る。

メッセージ

小学4年からソフトボールを始めました。 その理由は、「極度の肥満」を心配した親の愛からでした。中学も野球部に入り、毎日が楽しかったです。

気がつけば肥満体型からもオサラバしていました。この時に「自分でやった事にのみ、自信がつく」という感覚を初めて味わいました。

しかし、夢と憧れを持って高校に進学しましたが、3ヶ月で挫折。あんなに好きだった野球のボールも見たくないし、「カキーン」の音も聞きたくなくなってしまった時期を経験しました。

高校1年の秋に、友達の誘いでスポーツクラブに通うようになりました。そこで、初めて「トレーナー」に出逢いました。時に優しく、時に厳しいトレーナーには、親に言えないような相談や進路の相談にも乗ってもらいました。
やればやるほど、自分のカラダに変化が起きる。力がついて、ジャンプ力も上がった。色々なトレーニングを楽しくできました。このトレーナーとの出逢いがなかったら今の自分の存在はあり得ません。

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進学した川崎医療福祉大学では、スポーツ医学やバイオメカニクスを学びました。野球場にビデオカメラを持ち込み、小学生からプロ選手までたくさんの選手の動作を分析しました。ピッチングやバッティングの動作を何十回も何百回も巻き戻しては分析しての繰り返し、わからない事は徹底的に調べました。大変な作業でしたが、気がつけば、ウィークポイントを見つけて、そこを改善するトレーニングを選手に提案出来るようになっていました。
運動生理学、解剖学、スポーツ医学、心理学・・・・「選手の役に立てる」と思うとどんな勉強も楽しくて楽しくて仕方が無かったです。「晴れの国岡山国体」には、岡山県の「スポーツ医科学サポートチーム」に加わり、実戦的メンタルトレーニングの先駆者である先生のもとで学びながら、実際の選手の指導に当たらせてもらいました。

出逢いや学びの全てが私のかけがえの無い財産です。
今まで出逢ってくれた方々のおかげで、たくさんの勉強や経験をさせていただきましたが、私自身は「逃げたい」「辞めたい」ともがいていたヘタレな学生の頃のまんまだと思っています。
逃げたくなったり、怖くなったりする事もたくさんあります。それでも自分自身に向かい合い、お客様と一緒に日々変わり続け「人間は変わる事が出来る」ということを証明する事が、私の「ヒーロー」への道です。

HEROESスタッフ仲田 佳恵

プロフィール

出 身 岡山県岡山市
学 校 岡山東商高~中国短期大
資 格
  • 認定メディセル施術者
競技歴
  • バレーボール(中学)
  • 陸上競技(高校)
スキな言葉 一日一歩

資格

認定メディセル施術者

メッセージ

トレーニングのサポートスタッフとして、また肩コリなどをカイゼンしたり、セルライトやむくみに困る人が笑顔になる、「メディセル」の担当として皆様のお手伝いをさせていただいています。

私は、二人姉妹の妹として生まれ、家族からも周囲のみなさんからもたくさんの愛情を栄養に育ちました。その分、たくさん甘えて育ってきました。小さい頃は、ピアノ•習字•体操など、いろいろ習い事に行かせてもらっていました。

ピアノはすごくスキで将来はピアノの先生になりたいと思っていました。今でもピアノを弾くと心が落ち着きます。
体を動かすことが大好きです!中学ではバレーボール、高校では陸上競技に挑戦しました。今は週1回のペースで楽しむためのバレーボールをしています。

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陸上では、槍投げ競技に熱中しました。日々の練習やトレーニングが厳しい毎日でした。しかし、思うような記録を出す事ができず、
やる気や集中力を無くしてしまうときもたくさんありました。しかし、どんな辛い事も「笑顔」でいれば乗り越える事が出来るという事を学びました。

また、私が笑顔でいることで、周りのみんなに元気をあげられたり、勇気をあげられたりできたらいいなと思い、いつも笑顔を絶やさない毎日を送ってきました。
短期大学を卒業し就職しましたが、「本当に、私がやりたい事はこれなんだろうか?」と自分自身の仕事観を見つめ直すためにいくつかのお仕事をさせてもらいました。
そんなある日、偶然ヒーローズに出会いました。正直なところ、まさか私がここでお仕事をするなんて、思ってもみませんでしたが、
「ヒーローになりたいと、夢を見て前進しようとしている人を応援したい」という代表の熱い想いを聞き、みなさんの応援をしたいと思いました。

笑顔には大きな大きな力があると、私は思います。
ヒーローズへ来てくれた人が必ず笑顔になって帰ってもらえるように、これからも楽しく努力をしていきます!

岡山市南区のパーソナルジム☆ヒーローズ(アメブロ)

coming soon

HEROESスタッフ森 幸仁

プロフィール

出 身 京都府
学 校 岐阜南高校(現・岐阜聖徳学園高校)日本体育大学
競技歴
  • 硬式野球(小学・中学・高校・大学)
スキな言葉 冷静な判断力と温かい心

メッセージ

小学校5年から野球を始めました。野球を始めたきっかけは足が遅く、運動会や競技会ではいつも決まって2位。その経験が悔しくて硬式野球を始めました。中学では小学生で始めたボーイズリーグの中学部に入り、気付けば運動会や競技会で1位を取れるようになりましたが、野球の楽しさ、苦しみを味わい、「もっともっと強くなりたい」と思い、野球の道を選びました。

夢の甲子園を目指し、高校に入学。辛く、しんどい練習にたえ、1年秋からレギュラーで試合出場。東海大会にも2回出場できました。2年時には夏の大会でベスト4。3年時には夢の甲子園まであと1歩の準優勝でした。この悔しさを胸に大学進学を希望し、野球を4年頑張りました。大学時代は4学年で400名近くの部員がいて、なかなか思うような練習ができない日々も続き、もがき苦しみました。苦しんだ時に「冷静な判断力と温かい心」と言う言葉を考え頑張りました。

その後、就職しましたが「自分が本当にやりたいことはなんなんだろう」と思い、尊敬する先輩に相談し、岡山県で介護を5年行いました。そこで人間の体の仕組みを新ためて学んだ反面、野球が忘れられないことに気づきました。その時、ヒーローズに出会いました。ヒーローズでは1人でも多くの方に笑顔でいてもらえるように、多くの方に夢を叶えてもらい、1人でも多くの方にヒーローになってもらえるように努力していきたいと思っています。