スタッフ紹介

伊藤 博一

HEROES 代表

伊藤 博一
ITO HIROICHI

  • ■出 身/岡山県岡山市
  • ■学 校/岡山南高~川崎医療福祉大
  • ■資 格/中学・高校教員免許(保健体育)
    認定上級トレーニング指導者(JATI)
    認定指導員(キネシオテーピング協会)
    認定スポーツプログラマー(日本体育協会)
  • ■スキな言葉/念ずれば花開く

■トレーナー経歴

川崎医療福祉大学在学時より岡山市内のフィットネスクラブのトレーナーとして勤務。
プロスポーツ選手や、甲子園出場チーム、国体出場のチームや個人の能力アップのトレーニングや、疲労回復・ケガの予防・柔軟性向上のためのコンディショニングを行う。
担当した競技は、野球(軟式・硬式)・ソフトボール・競輪(プロ)・フェンシング・カヌー・競艇(プロ)・サッカー・バレーボールなど多岐に渡る。

メッセージ

小学4年からソフトボールを始めました。 その理由は、「極度の肥満」を心配した親の愛からでした。中学も野球部に入り、毎日が楽しかったです。気がつけば肥満体型からもオサラバしていました。この時に「自分でやった事にのみ、自信がつく」という感覚を初めて味わいました。しかし、夢と憧れを持って高校に進学しましたが、3ヶ月で挫折。あんなに好きだった野球のボールも見たくないし、「カキーン」の音も聞きたくなくなってしまった時期を経験しました。

高校1年の秋に、友達の誘いでスポーツクラブに通うようになりました。そこで、初めて「トレーナー」に出逢いました。時に優しく、時に厳しいトレーナーには、親に言えないような相談や進路の相談にも乗ってもらいました。

やればやるほど、自分のカラダに変化が起きる。力がついて、ジャンプ力も上がった。色々なトレーニングを楽しくできました。このトレーナーとの出逢いがなかったら今の自分の存在はあり得ません。

続きを読む

進学した川崎医療福祉大学では、スポーツ医学やバイオメカニクスを学びました。野球場にビデオカメラを持ち込み、小学生からプロ選手までたくさんの選手の動作を分析しました。ピッチングやバッティングの動作を何十回も何百回も巻き戻しては分析しての繰り返し、わからない事は徹底的に調べました。大変な作業でしたが、気がつけば、ウィークポイントを見つけて、そこを改善するトレーニングを選手に提案出来るようになっていました。運動生理学、解剖学、スポーツ医学、心理学・・・・「選手の役に立てる」と思うとどんな勉強も楽しくて楽しくて仕方が無かったです。「晴れの国岡山国体」には、岡山県の「スポーツ医科学サポートチーム」に加わり、実戦的メンタルトレーニングの先駆者である先生のもとで学びながら、実際の選手の指導にも当たらせてもらいました。

いまは、私にも高校1年生の息子がいます。岡山の野球部でみなさんと同じように、仲間と一緒に毎日ボールを追いかけています。(平成30年現在)

小学校時代はソフトボールをしていました。中学時代は岡山の硬式野球クラブチームにお世話になっていました。親としての気持ちもたくさん経験しました。

息子との野球を通じて、今のトレーニング界の指導と野球選手がやるトレーニング自体に様々な疑問が生まれました。今は野球一本に絞り、単純に「野球がうまくなる」ことに特化して指導をしています。

最初は僕も、おそらく今のあなたと同じような問題を抱えていました。そればかりか、昔ながらの野球の教え方しか知りませんでしたし、仕事がら「トレーニングして身体能力が上がれば、野球は上手になる!」と信じていました。

そうは言いながらも、確かに体力は上がるし、当たれば飛距離はアップするけど、本当のところ「巧く」はなってないんだよなぁ。という疑問は常に持っていました。

私の息子が小学校6年生のこと。知人の紹介である野球のコーチと出会いました。この人は、危機感をもつ高校野球の監督さんにアドバオザーとして指導をするために、全国から声がかかるようなコーチです。この人に息子の指導をお願いし、みるみる我が子が変わっていくことに驚愕しました。

この時にシンプルな法則を教わりました。

これが私の25年のトレーニングコーチの経験と融合してバチッ!と一つのものができました。
この法則にもとづいて、ヒーローズにくる子どもたちにレッスンを行うと、結果が出なかったピッチングもスローイングもバッティングもすごいスピードで上達していきました。

いまは、これを目の前の一人一人の子どもに伝えて、一人ずつ笑顔にしていっています。

今まで出逢ってくれた方々のおかげで、たくさんの勉強や経験をさせていただきました。

今となっては、高校野球をやめたことも含めて、全てが私のかけがえの無い財産です。

逃げたくなったり、怖くなったりする事もたくさんあります。それでも自分自身に向かい合い、子どもたち、スタッフと一緒に日々変わり続け「人間は変わる事が出来る」ということを証明する事が、私の「ヒーロー」への道です。

HEROES スタッフ

  • ■出 身/岡山県岡山市
  • ■学 校/岡山東商高~中国短期大
  • ■資 格/認定メディセル施術者
  • ■競技歴/バレーボール(中学)
    陸上競技(高校)
  • ■スキな言葉/一日一歩
メッセージ

トレーニングのサポートスタッフとして、皆様の笑顔お手伝いをさせていただいています。

私は、二人姉妹の妹として生まれ、家族からも周囲のみなさんからもたくさんの愛情を栄養に育ちました。その分、たくさん甘えて育ってきました。小さい頃は、ピアノ•習字•体操など、いろいろ習い事に行かせてもらっていました。

ピアノはすごくスキで将来はピアノの先生になりたいと思っていました。今でもピアノを弾くと心が落ち着きます。

体を動かすことが大好きです!中学ではバレーボール、高校では陸上競技に挑戦しました。今は週1回のペースで楽しむためのバレーボールをしています。

陸上では、槍投げ競技に熱中しました。日々の練習やトレーニングが厳しい毎日でした。しかし、思うような記録を出す事ができず、やる気や集中力を無くしてしまうときもたくさんありました。しかし、どんな辛い事も「笑顔」でいれば乗り越える事が出来るという事を学びました。

続きを読む

また、私が笑顔でいることで、周りのみんなに元気をあげられたり、勇気をあげられたりできたらいいなと思い、いつも笑顔を絶やさない毎日を送ってきました。

短期大学を卒業し就職しましたが、「本当に、私がやりたい事はこれなんだろうか?」と自分自身の仕事観を見つめ直すためにいくつかのお仕事をさせてもらいました。

そんなある日、偶然ヒーローズに出会いました。正直なところ、まさか私がここでお仕事をするなんて、思ってもみませんでしたが、「ヒーローになりたいと、夢を見て前進しようとしている人を応援したい」という代表の熱い想いを聞き、みなさんの応援をしたいと思いました。

笑顔には大きな大きな力があると、私は思います。

ヒーローズへ来てくれた人が必ず笑顔になって帰ってもらえるように、これからも楽しく努力をしていきます!

森 幸仁

HEROES スタッフ

森 幸仁
MORI YUKIHITO

  • ■出 身/京都府
  • ■学 校/岐阜南高校(現・岐阜聖徳学園高校)
    日本体育大学
  • ■資 格/認定メディセル施術者
  • ■競技歴/硬式野球(小学・中学・高校・大学)
  • ■スキな言葉/冷静な判断力と温かい心
メッセージ

小学校5年から野球を始めました。野球を始めたきっかけは足が遅く、運動会や競技会ではいつも決まって2位。その経験が悔しくて硬式野球を始めました。中学では小学生で始めたボーイズリーグの中学部に入り、気付けば運動会や競技会で1位を取れるようになりましたが、野球の楽しさ、苦しみを味わい、「もっともっと強くなりたい」と思い、野球の道を選びました。

夢の甲子園を目指し、高校に入学。辛く、しんどい練習にたえ、1年秋からレギュラーで試合出場。東海大会にも2回出場できました。2年時には夏の大会でベスト4。3年時には夢の甲子園まであと1歩の準優勝でした。この悔しさを胸に大学進学を希望し、野球を4年頑張りました。大学時代は4学年で400名近くの部員がいて、なかなか思うような練習ができない日々も続き、もがき苦しみました。苦しんだ時に「冷静な判断力と温かい心」と言う言葉を考え頑張りました。

続きを読む

その後、就職しましたが「自分が本当にやりたいことはなんなんだろう」と思い、尊敬する先輩に相談し、岡山県で介護を5年行いました。そこで人間の体の仕組みを新ためて学んだ反面、野球が忘れられないことに気づきました。その時、ヒーローズに出会いました。ヒーローズでは1人でも多くの方に笑顔でいてもらえるように、多くの方に夢を叶えてもらい、1人でも多くの方にヒーローになってもらえるように努力していきたいと思っています。